その蛙は「モモ」といった。我が家で生まれた2代目コンゴツメガエルの雌だった。
ひょうきんで大食漢、そしてよく肥えていた。
好奇心が強く何にでも興味を示し、
私が水槽を覗き込むと、すかさず寄ってきて餌を欲しがった。
太ってはいても動きは俊敏で、一番先に餌を見つけると、
手をくるくる回しながら、勢いつけて餌に突進していった。
少々の食い意地を除けば、モモの性格はとても穏やかで、口元は笑っているような形をしていた。
モモは健康でよく卵を産んだ。
3日続けて産んでもいっこうにお腹の張りがなくなることはなかった。
モモが卵を産むと、つられて他の蛙達も産卵し、水槽は卵でいっぱいになることが度々あった。
そんなモモも歳をとるにつれ目が白くなり、お腹もたるんでくるようになった。
産卵もペアになれないまま、卵は発育不良で早産してしまうことが多くなった。
それでも食欲だけは衰えず、私が覗き込むのをいつも待っていた。
陽気がよくなってモモはお腹にまた卵を持ち始めた。
だがある日、慣れていたはずの産卵が上手くできず、
一晩で身体中ポンポンに膨れ上がってモモは死んでしまった。
しかし膨らいだ顔には笑みが浮かび、白く濁った目も変わらず優しかった。
モモが生きているようで、そっと触ってみたが、
あのひょうきんな手ももう動きはしなかった。
モモの周りには夜中苦しんで産んだ卵が散乱していた。
身体にも付いていたたくさんの卵を取り除こうとして私は思わず息をのんだ。
未受精卵とばかり思っていた卵の中に、分裂し孵化を待っているオタマがいた。
モモの子供達はモモが守っているかのようにモモの身体にしっかりとくっついていた。
熱くなった瞼の裏で「大切に育ててね」と言われた気がした。
モモは新しい命を残して死んだ。
死ぬまで生を産み出す強さを残していった。
今、モモの忘れ形見は大きくなってモモのいた水槽で自分達の春を待っている。
モモが残していったものは、これからもずっと生き続けるに違いない。
2000年早春
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